シミやくすみをファンでで隠すのは大変
洋風化粧を取り入れることが流行であるのはわかりました。とはいえ、おしゃれ上手の女優さんたちのお化粧法は、トレンドとして見るぶんには楽しいものですが、それがそのまま読者の参考になるというものではありません。女優さんはもともときれいな人が多いうえ、お化粧に費やす時間や費用も一般の女性とはやはり違うものですから。そこで、それを補っていたのが「おさえ」のページ、読者の悩み相談コーナーです。巻末のわずか1?2ページで、読者からのお便りに美容研究家が回答するというQ&A方式のこれは、決して派手な記事ではありませんが、実は一番読者の役に立つ記事だったのではないでしょうか。
「婦人画報」の「化粧問答」(大正2年4月号より連載)をはじめとして、「主婦之友」の「美容理装問答」(大正6年10月号より)、「婦人倶楽部」の「美容相談」(大正9年10月号より)、さらにはお堅い「婦人公論」までもが昭和4年には「美容相談」という同様の企画を開始していて、いずれも長期連載となっています。女性が化粧や顔のことで悩むのはいつの時代にもあることですが、急速に近代化・西洋化が進んだ大正時代ほど、女性が化粧法に迷った時代はなかったでしょう。当時、美容書では江戸時代に刊行された『都風俗化粧伝』が相変わらずロングセラーを続けてはいましたが、いかんせんこれでは情報が古すぎます。例えば、化粧品だけを考えてみても、舶来化粧品や国産の洋風化粧品など今までにない新しいアイテムがどんどん登場しています。化粧下地といえば愛付け油が定番でしたが、クリームや乳液は何を選んだらいいのでしょう?
粉白粉や洋紅の使い方は? そもそもどこで買えるのでしょうか? 美容相談ページはそうした問いに答えるとともに、化粧品の誌上通販の役割も果たしていました。相談者は悩みの解決法を知るだけでなく、そのために必要な化粧品の購入もできたのですから、非常に便利なシステムです。また、大正時代には中流サラリーマン家庭のような新しい階層や職業婦人も現れています。『都風俗化粧伝』には、当然、バスガールのためのメイクは載っていません。新しい女性たちにふさわしい新しい化粧法を指導したのも、美容相談ページでした。婦人が時間と手数の浪費から免れるためには、在来の化粧法では到底満足できませんので、私は此の方法(早化粧)を皆様にお勧めしたいと思ひます。お湯を沸かしたり人手を煩はしたり、邊りを濡らしたり汚したり、ほんとに今までの大仕掛けの化粧法は、今日の私達には守って行くことは出来ません。
「主婦之友」大正6年12月号奥女中を従えて化粧の間で優雅にメイクする上流階級と違って、中流階級の主婦や職業婦人には、簡単にできる「早化粧」でなくてはなりません。伝統的な自粉化粧の方法は、メイクの前に風呂で肌の汚れを落としてから始めるのですが(襟化粧をするためには、顔だけでなく背中や胸まで洗わなければならないから)、忙しい大正婦人はそんな悠長なことはやっていられません。新時代のメイクは「簡便で衛生的で経済的」であることが、何より大事。具体例を挙げれば、メイク前の入浴の代わりに脱脂綿に化粧水を含ませて肌の汚れを落とすことや、練白粉や水白粉を使う代わりに粉白粉をはたくだけにする、あるいは、化粧直しの手間を省くために落ちにくい洋紅を使うことなどが新しい化粧法として伝えられました。女優さんのメイクと比べると、はるかに実用的なメイクです。
それから、顔に対する美意識も昔と変わってきています。『都風俗化粧伝』が書かれた頃には大きすぎる日は欠点とされ、目を小さく見せる化粧法が出ていたのですが、大正時代には、目が大きいことが美人の絶対条件。読者の知りたいことは目を大きく見せる化粧法でした。
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